その他諸々

その他の走り書き。

『三体』を読めていない。『サイバーパンク2077』をプレイできていない。

読書記録やブログの更新を再開して、ラジオの収録、新しいウェブプロジェクトの進行などと、色々と滞っていたものだったり、ほったらかしてしまっていた物事を進めたり整理したりした。

全体的に活力が戻ってきた実感がある。

やっぱり何かしら外とのつながりを能動的に作ろうとすることって大事だなと思う。

私の場合はネット上で一方的に発信してばっかり物々だけれど、これをするかしないかでだいぶ気分が違う気がする。

内省の新陳代謝としてSNSとかブログを更新し続けるという感覚かもしれない。

ここ半年で読んだ本についてブログをまとめたけれど、小説をしばらく全然読んでいないことに気づいた。

そろそろ物語にガツガツ喰らいつくような読書を待たしたくなってきた。

『三体』を読もうとしたままずっとほったらかしているし、そろそろ読み始めようかしら。

Netflixのドラマが無茶苦茶面白かったので、原作も絶対読むぞ!と張り切っていた時の熱量はいったいどこにいってしまったのだろうか。

ただ、最初登場人物ページからゲンナリしてしまいかねないところを、「ドラマで見たあのキャラに当たる登場人物かな?」とイメージを掴みやすい状態なのは大きなアドかもしれない。

だから尚更読み始めたいところなんだけど、なんだか腰が重い。

本以外で言えば、ゲームの『サイバーパンク2077』も序盤だけプレイしてほったらかしている。

壮大な世界観と作り込まれたオープンワールドの気配だけ存分に感じながら、プロローグが終わるか終わらないのかあたりで止まっているのだ。

これもアニメの『サイバーパンク:エッジランナーズ』を途中までみて止まっている。アニメを見てからの方がゲームに熱が入るかなと思っていたのに、アニメすら止まってしまっているのだから元も子もない。

とりあえずアニメを全部見てからゲームを再開しようか…と思っているけれど、それがまた腰が重い。

どっちもその先の壮大さに気圧されてしまっている。

壮大な作品って見届けた達成感はあるんだけど、最初がしんどいんですよね。

このままおじいちゃんになるまで『三体』と『サイバーパンク2077』を「なんか後回しにしちゃってるんじゃよね」と手に取らないままヨボヨボになっていく可能性まである。

流石におじいちゃんになってからノリノリで楽しめる作風ではない2作品であることもわかっているので、尚更急がねばならない。

SFって若ければ若い時ほどワクワクするもんね。

でもやっぱり腰が重いんだよなぁ。

 

 

読書記録をつけ忘れ続ける。ネットラジオを再開する。

去年の年末あたりからあまり本を読めていない。

というよりも、読書記録をとれていない。

のんびり本自体は読んでいるのだけれど、以前よりガツガツ読めてはいない。

なんとなしにその時々で読みやすい本を読み分けていた(今日は小説、今日はエッセイの気分…みたいな感じ)ので、読み切った時の読破感が少し薄まってしまったのが大きいかもしれない。

いつもは読み切ったらその熱量をそのままに読書メーターに記録をつけて、それを毎月末にブログにまとめて振り返ったりしていた。

この習慣があると、読み切った感覚がパキッとあるので、よっしゃ次の本読むぜと気合いが入っていたのかも。

習慣って思っていた以上に無意識に恩恵を受けていたんだなと実感した。

こういうのって一旦途切れると腰が重くなっちゃうからまた再開しないとなと思う。

年越しをしてしばらくしたら、ゲームの「デスストランディング2」をずっとプレイしていた。

無茶苦茶面白い。

前作も大好きな作品だったのだけれど、今作は着実にシステムがブラッシュアップされていて、遊び心地もいいし、シナリオもいい。

グラフィックはさらに良くなっているのにゲーム自体はさくさく動く。

まだ続編があり得そうな終わり方だったので、いつかデススト3が出たら嬉しいなと今からすでにワクワクしている。

気づけば3月になっていて、結婚記念日になった。

一緒に美味しいパスタを食べにいく。

なんだか楽しく過ごしていたら一年が経ったのでびっくりした。

相変わらず仲良く楽しく過ごしている。

4月からは新しいWebサイトを始める。

それの準備を諸々している流れで、一昨年までやっていたポッドキャスト番組を1年半ぶりに更新してみた。

ラジオをとるのって楽しかったな〜とぼんやり思い出す。

4月のWebサイトでは記事の連載と同時にラジオ番組もしていく予定。

改めてラジオをスタートすることになるので、過去の番組をあと8回更新して、パート100まで届かせて完結としたい。

ぼんやりしてた。なんだかいい感じではある。

なんだかぼんやりしていたらブログの更新をサッパリしていないまま過ごしていた。

やっぱり日々の記録を残しておくのって大事だなと思う。

別に書くことないな〜と思っていたら何も書くことがないまま過ごしてしまう。危うい。

ここんところはずっとゲームのデススト2にハマってやりこんでいた。

ご飯を作るのも楽しい。

家事も曜日ごとに力をいれる場所を振り分けるようにしてから楽しい。

なんだかいい感じである。

またぼちぼち本を読んだりしながら楽しく日々を過ごしていくぜという気持ち。

ブログも更新するぞ。

バラトロ中に年が明ける。親戚、友人、犬に会う。

年が明けた。2026年!
年末は妻が休みに入ってからずっと一緒にゴロゴロしつつ、最近まともにゆっくり出来ていなかった妻が極力何もせずにいられるように尽くしまくっていた。
同時にここ数週間は「バラトロ」というゲームに夫婦でハマり、ずっとそれを二人でプレイしていた。
もちろんちょろちょろと出かけたりもした。
一緒においしいパスタのお店にいって豪勢にご飯を食べたり、良いパンをたくさん買って帰ったりするなどゴキゲンで過ごしていた。
晦日は家で二人でゆっくり過ごしていたのだけれど、TVを付ける習慣がなかったばっかりに、気付けば年を越しているというさっぱりとした年越しになってしまった。
いかんせん先述したバラトロが面白すぎて、ふたりで頭を悩ませながらプレイに夢中になっていたせいでもある。おそるべしバラトロ。
年を越したあとは妻の実家に挨拶にしに神戸まで出た。
妻の親戚の集まりにも顔を出し、あまりにその親戚の多さにビビったりするなどした。
映画『サマーウォーズ』を彷彿とするくらいの人数で、もう後半ではだれがだれの息子でだれがその娘で……という関係図が頭の中で整理できなくなってしまったので、もう家系図とか気にせず挨拶をしまくっていた。
私の実家方面ではあまり親戚関係が多くないため、凄く新鮮な気持ちでわいわいとした空間を過ごすことになった。
神戸でも妻といっしょに買い物をしたり喫茶店をめぐったりした。
神戸は京都よりも観光客が少なく、どの店も地元の人間で賑わっているのがなんだか素敵だった。
途中で大きな本屋に入り、妻が私にゴンブリッチの『美術の物語』をプレゼントしてくれた。
前々からずっと読みたい/読まねばと思っていながらも、そのデカさ、分厚さ、価格の高さから見送り続けてきた本だったので、とっても嬉しい。今年の読書一冊目はこの本になる。
京都にいる(先日入籍の証人を任された)友人とも遊ぶ。
ゲームをしたり銭湯にいったりご飯を食べたりひたすらしゃべったりする。
二人の結婚指輪は、私達の同期でジュエリー作家をやっているSさんが手がけたものだった。とてもかわいい指輪で、そのデザインのコンセプトも素敵なものだった。
やっぱり好きな人と一緒の何かを互いにひっそり身につけ続けるってウキウキしていいよね、と思う。
そしてそんな年末年始も終わり、妻の仕事がまた始まる。
今年初めてのいってらっしゃいを玄関でして、私も散歩の支度をする。
大学時代の友人が犬の散歩に誘ってくれたので、わたしはウキウキで散歩に出る。
今年の初散歩は黒柴のおこめちゃんと一緒。素敵な幕開けである。
友人のTと会うのも結構久々だったので、近況やらなんやらをのんびり話ながら歩く。
なんだかんだで2時間弱くらい歩き、解散する。
私は一旦家に寄って、分厚くてデカい『美術の物語』を鞄に詰めて喫茶店まで向かう。
茶店で開くにはちょっとデカすぎたかなと後悔しながらも読み進める。
今年もいっぱい本を読みます。
そしてできる限りおいしい物を作って、家に綺麗にして、洗い物をパパッとこなし、妻が家ではゆっくりのんびり過ごせる日々を守っていきたい。
どんどんいくぜ!!!(トゥクトゥクがさらに加速する)

友人夫婦の証人になる。孤独は燃費が悪い。

アーマードコア6をクリアしたので、最近は『Expendition33』をプレイしている。
去年はペルソナシリーズにどっぷりハマっていたので、凝ったターン制バトルが楽しくて仕方が無い。
ゲームをする習慣がすこし薄れてきていた中、AC6がゲーム熱を再燃させてくれたおかげで最近は午前中はゲームをしていることが多い。昼間に家事を一通り済ませて、午後になったら散歩がてら喫茶店に行く。このサイクルで動けたら超良い日。天気が悪かったり、具合が悪かったりするとこのサイクルに上手く乗れず、日光を浴び損ねてなんだかどんよりと一日を過ごすことになったりする。我ながら頼りない身体である。
今週は週始まりのあたりはあまり体調がよくなくて、頭痛にくるしみながらすごしていたのだけれど、ここんところ数日は調子がまたもどってきた。
AC6づくしで読めていなかった本もまた読み始めた。
『芸術とその対象』という芸術論の本もやっと読み切ることができた。
ここ最近読んだ本の中ではぶっちぎりに読むのが大変だった。バッキバキにロジック詰めで書かれている本は読むのにむちゃくちゃ体力を使う。勘弁して欲しい。
つぎは『芸術の言語』を読む。
気持ち的にはこっちの方が本命なので、読むのが楽しみだ。
秋頃はひたすらにSFばかりを読んでいたというのに、冬に入ってからは彫刻論や芸術論ばかり読んでいる。
ここ1、2年で読んでいる本は大体SF、芸術批評、デジタルゲーム評、他者論、コミュニケーション論あたりばかりを読んでいる。
そろそろ何も考えずに読める小説も読みたいところだけれど、批評や芸術論は流れに乗った状態で読み進めた方が気持ちよく理解していける実感があるので、しばらくは小説は読めなさそうな気がする。
そして同時に夏以降全然映画を見に行けていない事を思い出した。
一時期は映画館にこもって3本連続視聴をしたりしていたのに、めっきり行かなくなってしまった。
観たい映画が何本も上映しているタイミングって貴重だなとも思う。
ただ映画館に行けていないだけではなく、自宅でもめっきり映画を観なくなってしまった。
せっかくサブスクに入りまくっているのだからまた映画を観まくる時期が来たらいいなと思う。
いろいろな娯楽にハマり続けているけれど、少なくともいまは本が一番楽しい時期である。

私の趣味はつくづくインドアかつ一人で楽しむものが多い為、うっかりしていると本当に妻以外と誰も会話する事なく一週間過ごしそうになってしまう。
ただ毎回書いているように、妻は私が読んでいる本や見た映画、プレイしているゲームについていつも尋ねてくれるので、おかげで私の孤独な没頭がコミュニケーションに昇華される。妻、いつも楽しそうに聞いてくれてありがとう。

また、先日友人が結婚することになり、その証人欄に署名をすることになった。
二人とも大学時代からの友人で、付き合い始める以前から互いに交友があったので、その二人が結婚するんだとおもうとなんだか感慨深い。
私と妻が彼らの証人となった。
ちなみにその友人こそが私にAC6を貸してくれた本人である。
署名をしながらゲームについての話をしていると段々と乗ってきて、その加速を察知した彼女のほうが「またはじまっちゃったよ」と笑う。
私達は会うたび、ゲームやアニメや音楽の話になるととにかく長い。
まあどうせまた近いうちに会うでしょうということで、話を切り上げ彼らを見送った。
あの二人は結婚することで何かが変わるのだろうか。
私と妻はびっくりするくらい何も変わらず過ごしているので、彼らもそんなに変わらないんじゃないかなと勝手に想像してみたりする。
昔は「結婚すると一人の時間が無くなったり、満たされてしまうことで孤独な活力という物が枯渇するのでは?」なんてませたことを考えたりしたこともあったけれど、なんてことは無かった。
信仰していた“孤独な活力”なんてものは思っていたよりずっと燃費の悪い粗悪な燃料でしかなく、満たされている活力の方が私をずっと遠くへ連れて行ってくれるということに気づけたのはここ2、3年の話である。

ガチモンの孤独な活力なんてものは、ほんまに他に何も活力がない時の死に際の予備電源程度のものであり、それで恒久的に何かを動かしたり回していくなんて無理な話なのだと思う。

私は妻と友人と楽しく遊び続ける。
どこまでも走るぜ(トゥクトゥクの発進音)