ここ数年、野菜が美味しい。
私は昔、本当に好き嫌いが激しくて母親を困らせていた。
あまりに野菜を食べなかったので、この歳になっても私が野菜を食べてると「野菜、食べてるね」と父親に揶揄われてしまうくらいだ。
野菜スティックを頑張って食べたら、思いっきり吐いてしまい、流石に母親も「無理に生野菜は食わすまい」となっていたのも覚えている。
何かが口の中で色々と混ざっているのも気になるから、細かく刻んで入れるなんてのも神経質に避けたりしていた。
それが今ではもりもり食べている。
(恥ずかしいことにいまだにお漬物は苦手なのだけれど、頑張ったら食べられる。)
大人になれば味覚が変わっていくとはいうが、こうも変わるものだろうか。
全く違うものを食べているんじゃないかという気もする。
私の成長に合わせて野菜側が無茶苦茶頑張ってすげー美味しくなってくれている可能性すら感じるくらいだ。
肉を食べるときは野菜が欲しくなるし、美味しい味噌ダレを自分で作ってサラダをモリモリ食べたりもしている。
幼い頃は生まれた時に蓄えていた有り余ったパワーでやり過ごしていたけれど、それが尽きた今、「やっぱ野菜は食わなあかんね」と私の身体自身が観念したのかもしれない。
食事をするということはとても素晴らしいことだと鬱になってから強く思うようになった。
いまだに全ての気力が湧かずに、何もかもが退屈で無意味に思える錯覚が波のように覆ってくるけれど、ご飯を食べると少しはマシになったりする。
そして自分の体の単純さが馬鹿馬鹿しく思える。
ご飯食べたらいいだけじゃんか。
でもきっとそれは本当にそうで、元気でいるためには、ご飯を美味しく食べることがしっかりできていれば十分なのでは無いだろうか。
それを素敵な人と一緒に送ることができるのであれば、それ以上の素晴らしいことは無い。
時間をかけて美味しいご飯を作って、恋人の帰りを待つ。
今はそれしかできないが、なんて恵まれているのだろうとも思う。
あともう少しだけ元気と勇気を蓄えて外に出るために、私は今日もちゃんとご飯を食べなければならない。