その他諸々

その他の走り書き。

街に必要があるもの。できなかった事を減らす。

目を覚ます。妻を見送る。
朝ご飯を食べて電子煙草を吸う。
リキッドの水蒸気を吸い込むだけのデバイスで喫煙への欲求をごまかしている。
へんな機械を毎日咥えて吸い込んでいる。
もし一〇〇年後に電子煙草が発掘されたら、まさか水蒸気を吸引して、吐き出すための機械があったとは思わないだろうなと想像する。
パンとバナナを食べる。
今日は昼頃から散歩をするつもり。
天気予報をみて、今日は雨が降ると覚悟していたのだけれど、実際は全然雨は降らなかった。安心。
今日の晩ご飯は麻婆豆腐がいいと妻が言っていたのを思い出す。
今夜は麻婆豆腐と頭で唱えながら散歩の支度をする。
昨日は妻と一緒に映画館に行き、二条周辺をさんぽして帰ってきた。
朝早くから出かけてふたりとも疲労にやられていたが、映画館でみた『スラムダンク』の良さも噛みしめた。
昼間から出かけたらこんなに疲れることは普段ないのだけれど、それだけ自分が朝に弱いことを実感させられる。
朝に出たのは、IMAXでの上映が8時50分のものしかなかったからだ。
ばたばた準備して急いで映画館にむかったのも疲れた要因かも知れない。
昨日のばたばたとは打って変わって、家は私一人で、静かで、落ち着いている。
やっぱり一人って寂しいなとおもう。
コンデジカメラをベルトにぶら下げて、散歩に出る。
今日も自転車と徒歩の合わせ技で散歩をする。
西の方へ自転車を走らせて、街の中をのんびり歩く。
しらない花屋があったり、友人が話していた店を発見したりする。
知らない道をあるくと、知らない公園があったりする。
だから何だというわけではないが、なんだかほっとしたりする。
河原町の方面に進んでいくと、だんだんこういう安心感が薄れていく。
どんどん街に外連味が増していく。
洒落たカフェ、ガラス張りとセメント造りの美容室、英語メニューを掲げる飲食店……etc.
どれも街に存在するべくして存在しているのだけれど、なんとなく緊張感を感じざるを得ない。
その必然性の濃度においやられて、社会に何の役にもたっていない私までもが淘汰されてしまいそうな気がしてしまうのだ。
焦るように河原町を抜けて、鴨川を渡る。
マルヤマコーヒーに向かう。
無事に到着した私は本を開いてコーヒーを頼む。
若林正恭旅行記エッセイを読み進める。
6割くらい読み進めたので本を閉じてブログを書く。
そういえば先日デッサンをするために紙を買いに行くと言っていたのにすっかり忘れていたことを思い出す。
明日にでもクロッキー帳を買って帰ろう。
最近は午前中から外出する事があまり出来ていない。
せっかく家にこもっているなら、なにかサブスクで映画でも一本みることにしようかしら。
午前中に映画を見て、昼間に家事を済ませて、散歩に出る。家に帰ったらご飯を着くって、デッサンをして、木を彫って、風呂に入る。
そんなルーティンが出来たら最高だな。
でもこういったやることリストを敷き詰めすぎると、ただの日々に“できなかったこと”が発生してしまうので、あまり健康的ではないことも知っている。
なので、これらのことは決して大切に掲げずに、ぼんやりと考えて奥にとどめておくのが安全だ。
そういえば妻にごめんねと言いたいことがあったのを思い出す。
できなかったことだらけの私はこれ以上できなかったことを増やすと、一番そばにあるできることを見逃してしまうとおもう。
妻が帰ってきたらごめんねとおかえりを言って、一緒に麻婆豆腐を食べたいと思う。