今日は妻が休みの日。二人でゆっくり目覚める。
とは言いつつも、妻の方が先にしゃっきり目覚めて朝ご飯を食べていた。
わたしも起きて後を追うようにパンを食べる。
今日は妻がふるさと納税でセレクトした北海道のアイスが大量に届く。
午前中に届く予定だったので、二人してそわそわして待つ。
インターホンが鳴る!
届いたのはわたしのコンタクトレンズだった。がっかり。
そしてまたインターホンが鳴る!
モニターにクール便の銀色のパックが見える。今度こそアイス!
とどいたアイスは24種類も味があってレギュラー系の味は2個ずつ入っていた。
全部で合わせて28個のカップアイスが冷凍庫に着弾した。嬉しい。
手始めに一個ずつ食べることにした。
私はフルーツ牛乳味を、妻はスイートコーン味を選んだ。
むちゃくちゃ美味しい。一口ずつ分け合う。スイートコーン味も美味しい。
北海道のお菓子はどれも美味しいねという話題の延長で、私は十勝の豚丼が美味しいという話をした。妻はその話をきいて(アイスを食べた直後なので)今度はしょっぱいものが食べたくなってきたと言い、豚コマでなんちゃって豚丼を作ってくれた。
一緒に食べる。美味しい。
今日は妻は夜に友達の家へ遊びに出かけるので、それまでゆっくり寝たりするらしい。
私は天気がいいのでお散歩に出ることにした。
支度をして外に出る。妻が見送ってくれる。嬉しい。
どこかの小学校から(体育か運動会か?)号令が聞こえてくる。
あまりにも天気がいいので、徒歩で出かけるか自転車で出かけるか迷う。
結局自転車にして、今日は鴨川沿いをたくさん走ることにした。
五条から四条、三条と上っていく。
今日はまだ鴨川に人があまりいない。
頭上を鷺が飛ぶ。人より鳥のほうが多いんじゃないか?
夜になれば人にまみれる三条大橋の下をくぐって、どんどん北上していく。
丸太町あたりは河川敷の舗装が荒れている。自転車がガタガタ揺れる。
機械式の腕時計を付けている日はちょっと心配しながら振動を乗り越えるが、今日はメタルのG-SHOCKの日なので全然平気。
気付けばもう出町柳まで来ていた。
葵橋のあたりまで上ってみると、笛を吹く男女がフィンランド民謡を演奏していた。
こんなのどかな事があるかと衝撃を受ける。
ここちよくてしばらく近くのベンチに座って演奏を聴く。
それなりに満足してまた自転車にまたがる。
まっすぐ北に上って、北大路まで出てくる。
河川敷から上がって、昔住んでいた街の様子を覗いて行くことにした。
下鴨に住んでいた時に暮らしていた町屋はもう取り壊されていた。
むちゃくちゃでかいマンションになるらしいとは聞いていたけれど、今日見に行くともう建っていた。
あまりにあっけなく、そして跡形もなくなくなっているので少し笑ってしまった。
そのまま東に行って高野の交差点まで行く。
大学時代によく寄っていたミスドが潰れている。
百万遍につながる大通りを下っていく。
しらない中華料理屋が増えている。ジムとかも出来ている。
街は変わっていくのだなと実感していると、百万遍に着く。
悪趣味な外装のジャンカラはあいかわらず百万遍にあった。
これは生き残るのか。よくわからない街だ。
京大の校舎の横を抜けてどんどん南下していく。東山をこえて三条までくる。
このあたりまでくると、もうマルヤマまでまっすぐ向かってしまう。
祇園の中に入ると街がずっと変わらずにいて何だか安心する。
きっとこれからもあり続けるであろう老舗の喫茶店、マルヤマに入る。
電子書籍端末を取り出して、読みかけていた『共感と距離感の練習』を読み切る。
映画や美術展示、音楽、イベントなど、様々なメディアや場面を通して、セクシャルマイノリティとして感じる摩擦について展開されていくエッセイだ。
先日書いた日記のとおり、やはり私たち全員で進めていかないと話にならない問題なのだなと切なくなる。
こういったマイノリティに対してよくいわれる「理解がある」という言葉に違和感を感じる。
我々に必要なのは“一方的な理解”なんかではなく、それぞれ個人個人との単純かつ切実な“他者としての対話”がもっとあるべきなのだと思う。
本を読み終わり、次の積読に手を伸ばす。
次は『デジタルゲーム産業史』を読む。
ゲームソフトの歴史だけではなく、ゲーム産業、そして併走していく技術の歴史を追っていく。
リアルタイムで追っていたGBや64あたりの時期に追いつくのが楽しみだ。
キリが良いところで本を閉じてブログを書く。
今日は家に帰る頃には妻が出かけているので、なにか晩ご飯をひとりで食べないといけない。
やっぱり一人で食事をするのは億劫だ。
でもたべるのさ。もりもり食べて、元気に生きていきます。