足が突っ張るように痛む。筋肉痛だ。目を覚ます。
昨日は大阪堺市に行ってWS(ワークショップ)のアシスタントをしてきた。
朝5時に起きて、電車に乗って堺市まで向かった。こんなに早起きは久々。
カメラやスリッパ、軍手、本をバックパックに詰め込んでいるので、荷物の重さも久々に感じる。
淀川テクニックの柴田さんから連絡が入ったのは先々週くらいのことだった。
柴田さんは大学時代にお世話になった現代美術作家である。柴田さんは私が一回生だった頃、「コラージュ川柳クラブ」という奇怪な部活動を大学で立ち上げた。当時ヤノベケンジの制作アシスタントや、増田セバスチャンのアシスタント、劇団四季の美術制作など、名だたるプロジェクトが並列して募集される中、“新聞の見出しを切り貼りして575をつくります”というふざけた部活動がそこにはあった。それを選んだおかげで、私は柴田さん他ゆかいなコラ川部員達と出会うことが出来たのだから感謝しかない。
柴田さんは私がギャラリー運営や仕事などの諸々をやめている事を把握してくれていて、その上で声をかけてくれたので、ほなら行くしかないぜという気持ちだった。
WS会場は小学校だった。
どうやら6年生の授業の一環として淀川テクニックが呼ばれたらしい。良い学校だ。
柴田さんはゴミを素材にオブジェクトを制作する作家だ。
今回のWSもゴミを素材に小学生たちにオブジェクトを作って貰う、いわば工作のような授業になる。
大がかりな準備がおわり、息をつくまもなく会場に小学生が100人ほど流れ込んでくる。
柴田さんが自己紹介と今回のWSの説明をすまし、小学生達が一斉に制作を始める。
アシスタントのわたしは子供たちの安全確認や、道具の使い方などのサポート、様子見、写真の撮影などをする。
1時限目から4時限目までがあっという間に流れていく。
やんちゃな子供もおとなしい子供も、制作が軌道に乗ってくるとみなもれなく集中してゴミを工作するようになっていき、なんだか微笑ましい気持ちになる。
制作がおわり、作品のキャプションを書く。そして作品撮影をして、鑑賞会という流れだ。
すべて無事におわり、怒濤の片付けが始まる。
予定していた時間におさまらず、ゴミ片付けをひたすら続ける。
「再びゴミに還ったゴミ、セカンダリのゴミだな」と思いながら片付ける。
片付けの途中で、5年生の子供たちが体育館で合唱の練習を始めた。
よこで片付けながら久々に生の合唱を聞く。気持ちが良い。
いつの時代も合唱を指導する音楽の先生って同じ事をいうんだなと盗み聞きをしながらしみじみする。
なんとか片付けも終わり、柴田さんとご飯に行く。
私の近況の話をしたり、柴田さんの話を聞いたりする。
柴田さんは私と接するとき、行政の人と接するとき、小学生と接するときで対応がまったく変わらない。「いいやんそれ」と息をするように言ってくれる。こういう近くに大人がいるって助かるな。
別れ際に「古墳みるか迷ったけど、僕はちょっと博物館だけ寄って帰るわ!」と言っていた。元気な人だなと感動する。
いざ疲れ果てた身体で大阪から京都に帰ろうと思うと、なんだかむちゃくちゃ遠く感じる。
京都から大阪だと座れるけど、大阪から京都だとなかなか座れないという電車事情も大きい。
枚方でやっと座れた。そこからはあっという間に京都に着く。
祇園四条駅から出て、ちかくにあるマルヤマに入る。
つくづくちょうど良い場所にある喫茶店だと思う。
コーヒーを頼んで、ジョセフコスースの『哲学以後の芸術とその後』を読む。
今日は身体を動かしたり、半日ちかく立ちっぱなしだったので、着席とコーヒーが身体に染みる。
しばらくすると、友人が喫茶店にやってきて、私の隣の席に着いた。
「おとなりよろしいですか」と今日も白々しく聞いてくる。もちろんよろしい。
読んでいる本についてしばらく話す。
途中で妻から連絡が入り、今日は妻の帰りが早いことが分かった。
友人と合流したばかりで惜しいけれど、私はすぐに帰宅することにした。
服を着替え、米を炊いて、洗い物をして、風呂を湧かして、床掃除をして、洗濯機を回す。
そしてその日に撮影した制作風景と作品写真をドライブにアップロードする。
一気にこなしたので、気付いたらベッドで寝落ちしてしまっていた。
目を覚ますと妻がキッチンで肉を焼いていた。おかえり。
知らない間に妻が帰ってきていてびっくりうれしい。
妻はとびきりのお肉を焼いて晩ご飯を作ってくれた。むちゃくちゃ美味しい。
私の今日の活動について話すと妻はにこにこ聞いてくれる。優しい。
妻から「あなたは子供のことを舐めていないから良いよね。子供のこと、ただのオモロい人間やとおもって接してる」と評された。そうかもしれない。なんだか嬉しい。
妻は髪を切ってきた帰りだったので、私はその話を聞く。
一緒に寝る。
そして今日。身体、バキバキである。
基本お散歩しかしない元引きこもりが急に張り切るからである。
身体をいたわりながらご飯を食べる。
妻からコートをクリーニングに出して欲しいと頼まれていたのを思い出す。
でっかい袋にコートをつめて、クリーニング屋さんまで自転車を飛ばす。
晴れていて気持ちがいい。
お店について、コートを受け付けて貰う。
「色違いのおそろいなんですね」と言われ、そうなんですと鼻を鳴らす。
無事にミッションを達成したので、喫茶店まで行く。
マルヤマで今日もコスースを読む。
読めば読むほど面白い。多分この本は生涯で何度も読み返すんだろうなと実感しながら読んでいく。
400頁以上ある分厚い本だったが、気付けば100頁以上読み進めていた。
キリが良いところで本を閉じてブログを書く。
昨日の疲れがまだ抜けきっていないことを実感すると同時に、昨日の充実感もまだ残っていることに気付く。
思い出す作業って大事だなと思う。
例えば今日みたいに何でもない日についてのブログを10年後に読み返したら、その日を鮮明に思い出せるのだろうか。
昨日のような特筆すべきイベントがあった日についての事でも、何にも書き記さなかったら10年後忘れていたりするのだろうか。
どちらも十分にあり得る。なので極力私は書き残して置きたいと思う。
10年後、20年後、さっぱり忘れてしまっている私に、何でもない日も特筆すべきだった日も共にあった事を思い出して欲しいと思う。
思い出しましたか?