久しぶりの日記。
と言うのも、先週は週明けから風邪を引いてしまっていたので、ずっと寝込んでいた。
日曜の晩から様子が怪しくなり、薬を飲んだけれど、結局熱があがってしまった。
妻が野菜もりもりのグリーンカレーを作ってくれたり、トローチやゼリー飲料を通販で注文してくれたりしたおかげで、いつもなら4,5日くらい引きずる風邪を二日半くらいで治すことが出来た。
やっぱり食べることって大事だなと実感する。
私と妻は同時に風邪を引いても、彼女は1日で復活し、私は4,5日かかったりする。
生物としての丈夫さを思い知らされる。
風邪がましになってきたら、薬が効いてきたタイミングで一気に家事を終わらせる。
風邪が治ってからは巻き返す思いで目一杯サポートする。
体調もだんだん良くなって、痰と鼻水だけが残る程度になった。
熱も下がってなんとか復活。
妻が帰ってきたあとおそい時間だと、ご飯ではなくフルーツを剥いて軽い腹ごなし程度で過ごしたりもした。
家にリンゴや梨があると嬉しい。
わたしはきっと一人で生活していたら日常の中でフルーツを食べるなんて事しなかっただろうなとも思う。
私は趣味が多い方の人間ではあるので、一人でも勝手に何かをして楽しんでいくとは思うのだけれど、一人では見いだせなかったであろう楽しみや喜びのきっかけを妻から沢山もらっているのだなとたまに気付かされる。
体調がなおってから、作家のJくんといっしょに河川敷に行った。
川辺で石をこんこんと叩く会を開きたいという謎の呼びかけがあったので、私はよろこんで申し出た。
JくんとNくんと私という三人で河川敷に集まり、石を拾う。こつこつと叩く。
石に石をこすりつけてみたりする。石の色が移る。石が滑らかになる。
Jくんがこんこんと石を一定のリズムで叩く。河川敷に中高域の音が鳴り響く。
私もつられておんなじリズムで石をこつこつ鳴らす。
互いにぶつける石のサイズが違うので、音の高さが違う。
リズムが意識の中に溶けていき始めたくらいに、不意に音が途切れる。私の石が砕けてしまったのだ。
だんだん肌寒くなってきて、もう2時間も石を触っていたことに気付く。
3人で喫茶店に行くことにした。
一緒に美術について話す。
美術が大衆においてどう認識されているのかと、この社会で美術にしがみついて生きていくことのジレンマについて話す。
哲学に手を伸ばす術について話す。
やはり私の制作や生活にとっては、レヴィナスがとても大きな存在であることを再確認する。
あたらしくウェブサイトを制作し、複数人でゆるく更新していく構想があることを話す。
Jくんをそれに誘い、解散する。
週末は病院に行き、薬を貰う。自立支援の手続きをするために今月どこかのタイミングで役場に行かないと行けない。忘れないようにする。
妻も久々に休日を一人でぶらぶらしてくるらしい。
妻が帰ってくるタイミングに合わせて、土鍋で肉じゃがを作る。
ジャガイモがえらくほくほくに出来た。
帰ってきた妻と一緒に食べる。
妻の一週間の疲れが溜まりに溜まっているようで、極力労る。
呼ばれていたイベントに顔を出したりする。
WS(ワークショップ)に参加したりする。
美術に関わる様々な活動をする人たちがいるけれど、必ずしも美術を同じまなざしで見つめているわけではないのだな、と当たり前のことに改めて気付かされる。
美術はなにも特別ではないけれど、文化的な構造があり、やわらかくも膨大なルールの上で成り立っている。
突飛で破天荒で自由なだけでは、それは美術とは呼べないなと私は思う。
逆に大らかで奔放で素朴なだけのものも、私は美術と呼びたくないのだと思う。
私は排他的で選民的な意識を育ててしまっているのだろうか。
私はただただそれぞれの作家が見出すもの、もしくは見出されてきたもの、積み上げられてきたものを尊重したいだけなのに、どうしてこうも美術は虐げられ続けるのだろうか。
SNSでも「自由な鑑賞」についての論争が続いている。
すべての文化はその文化圏内での(遊び、もしくはゲームとしての)ルールがあり、それに則って積み上げられたフィクションが実態を成している……と言う事実は割とどの分野でも無意識下に理解されているが、美術に関してはそれらが無視されがちな気がしてならない。
ルールなしの自分勝手な自己表現は美術にはならない。
単なる“制作物”と“美術作品”には案外しっかりと境界線がある。
なので鑑賞者は共犯者たる為に、知識とまでたいそうなものじゃなくても、最低限のゲームルールを理解すべきだと思ってしまう。
そうでなければ、我々はリフティング名人とサッカープレイヤー名手の区別が付かないような素朴さで美術を眺める事になってしまうのではないか。
私はそれと、とてもむなしく、不敬で、軽薄なまなざしだと感じる。
肩書きや場所を手放した今、私はただただ誠実にそれらを見つめていたいと思う。