その他諸々

その他の走り書き。

グラタンを構想する。寝言でねむたがる。

土日は妻のお義父さんお義母さんと一緒に昼ご飯を食べた。
おしゃべりをしたり、仕送りの物々を受け取ったりして午後に解散した。
そのあと妻と河原町に出かけて、靴などを一緒に観て帰った。
年末が近い。クリスマスに何を買おうかと相談する時間が楽しい。
私は妻へのプレゼントを準備したので、早く渡したくてそわそわしている。
一年が終わる早さを嘆く声も聞こえたりするが、今私は早くクリスマスになってほしくてたまらない。
今年のクリスマスは平日なため、妻も仕事をして帰ってくる。
ふたりで外食に行くのは休みに入ってからの予定だが、とりあえず24日25日は自宅で私がとっておきの晩ご飯をつくって一緒に食べる予定である。
たっぷり具が入ったデカいグラタンを作ろうかしら。
むかし、妻がグラタン好きだという事を聞いた私は、勘違いをしてバカデカいドリアを作ったことがある。
グラタンとドリアは別の料理である。
簡単に言えば下に米が仕込んであるのがドリアで、そうでないのがグラタンである。
妻にとって全くと言って良いくらい別の料理として認識されていたドリアは、全然妻を喜ばせることができなかった。私は大しょんぼり。からぶった。
今年こそは正真正銘のグラタンをつくってあげたい。
任せな。

平日にはいり、また妻が仕事に行く。
妻は夜寝る前にご飯をたべると胃腸が動きすぎるせいか、寝付きが悪くなるタチだ。
なので最近遅くなる日は会社で晩ご飯をたべて、私が作ったご飯は翌日の朝にもりもり食べてくれる。
昨日は鮭のシチューをつくったが、あまりにおいしくできあがったので、いたずらに妻に勧めまくっていたら、一口だけ食べてくれた。大好評。うれしい。
翌朝妻はしっかりシチューを食べて仕事に出かけていった。うれしい。いっぱい食べてね。
わたしもシチューを食べる。
今日は生協からブロッコリーが届くので、それも具として追加しておこう。
午後には喫茶店に行き、また本を読む。
『わからない彫刻』という、武蔵美が出している彫刻の教科書を読む。
この本は「つくる編」と「みる編」の2冊に分かれていて、多くの彫刻家がそれぞれ親しんだ技法や材質、形式についてレクチャーをしながら作家としての実感を経験則と共に語ってくれるというものだ。
なんて贅沢な教科書だろうか。
「つくる編」は技法の話も多いので、いかにも教科書的な部分も少なくないが、それでも読み物として惹かれる内容だった。(もちろん彫刻の制作をしない人からしたら多少は退屈だろうが)
それを読み終わり、次は「みる編」を読む。
こちらの方では作家はもちろん、批評家や学芸員といった外郭を担う人たちによる寄稿も多くあるので、また全く違う読み味になりそうでワクワクする。
これらを読み終えたら次は最近読んだ彫刻論の中でも引用があった『ありふれたものの変容』を読もうかと思う。
最近読んでいる本は武蔵美慶應の出版から出ている本が多い。
大学がこんなに良い内容の本を出してくれているなんて生徒は恵まれているなと思う。
また外部の人間もこうやってその恩恵を享受できているのだから、出版とはほんとうにありがたいシステムだなと思う。
平日の夜はいつも妻の背中や腰、首をマッサージしながらおしゃべりしてから寝る。
2,30分近くマッサージをしているので、妻の話を聞き終わったら、だいたい私はいつも読んだ本の話や観た映画の話をする。
そこから派生してどんどん私と妻の会話になっていく。
妻は私が本の話をすると、いつも自分の言葉で質問をしたり自分の解釈を投げかけてくれるので、話していてとても楽しい。
マッサージが終わり、眠る前にも少ししゃべるが、ずっとしゃべっていては眠れないので、おしゃべりな妻もどこかのタイミングで「寝よかな」とか「黙ってみるね」と言って静かになり始める。
わたしは妻との会話が楽しいので、ちょっぴり寂しく、名残惜しくも思うのだけれど、妻が穏やかに寝息を立て始めるとなんだか嬉しくなって、私もだんだん眠くなっていくのだ。
寝言で妻が「眠い」と言う。
「寝てますやん」と私がいうと、妻はぐうといびきをかいた。