私の部屋はものが多い。
引っ越しのたびに「これは”無理“じゃないか?」と投げやりな絶望の波に飲まれそうになる。
基本的に大きなものはないのだけれども、デスクの上にもPC、キーボード、ミキサー、マイク、スピーカー、ガジェット類のハブ、充電ステーション、シンセサイザー、電子書籍端末とごちゃごちゃとしたものが埋め尽くしている。
机の外にも物が溢れる。趣味で集めたようなフィギュア的な小物、作家から購入した小さい彫刻、もう随分と花を生けずにいる錫の一輪挿し。本棚には本や図録、漫画、CD、レコード、カレットテープ。
この自分のものに囲まれている状態がやけに心地いい。決して散らかった部屋が好きなわけではないのだが、自分の物が自分の秩序に従って場所を埋めていることにマーキングのような満足感を覚えているのかもしれない。犬と同じである。
今の私はこの自己防衛のシェルターのような部屋で、ほとんど引きこもりのような毎日を送っている。
ずっと意味のないモニターを眺めているだけの日々が、だんだんと本を読んで映画を見ているだけの日々になった。
触る気力もなかったゲームをに触り、新発売のものをのぞいてみたりするようになった。
耳鳴りをかき消すために流していた音楽に、心地良さ求めるて新しい物を漁るようになった。
不安な思考を塗りつぶすために流していたラジオの内容に笑うようになった。
自分はもう大丈夫なのだろうか。
自分でもさっぱりわからないし全てに意味もなく怯えている気がするけれど、少なくとも自分の部屋は自分を守ってくれる。
私は引きこもっているのではない。きっと家賃の元を取ろうとしているだけなのだ。
今はどうかもう少しだけ。