明け方に目が覚める。妻がまだ眠っている。
私がもぞもぞしていたら妻は起こされたと思ったのか、おぼろげに「まだ寝る」と言い出した。
妻は人に起こされるとぷんすか怒るのでそっとしておく。
良い具合の時間帯になったので、妻に目玉焼きとウィンナーを焼こうかと声をかけると「卵の賞味期限が切れていた気がする」と言われた。みてみると確かにそうだ。
私は妻に比べて賞味期限に対する意識が低い。食材を手にしたタイミングで「それもうアウトだよ」と教えられることも多々ある。
自分一人の食事なら「まあええか」と食べてしまうところだが、そうではないので仕方なく目玉焼きは見送る。
ウインナーとパンを朝食に食べる。
妻はただのウインナーなのに嬉しそうに食べる。実際ただのウインナーは十分美味しいのだけど。
妻を見送る。
洗濯物を取り入れようとおもってベランダに出てみると、まだ一部の服が乾ききっていなかった。
つい先月まではあっというまに乾いていたのに。湿ったTシャツに季節を感じる。
今日は天気がいいので昼前には散歩に出る。
昨晩もこのくらい晴れていたら月が綺麗に出ていただろうに。
あるいて河原町の方までいく。
気分でノムラテーラーに入ってみる。
布の匂いが充満している。だれかの部屋みたいで安心する。
三階にあがって、手芸用品をみる。
手芸の趣味はないのだけれど、パラコードがかわいかったので、2種類をそれぞれ2mずつ買ってみる。
ついでに金具も買う。パラコードのブレスレットを作ってみようと思う。
紐をゲットした私は喜々として烏丸方面に歩いて行く。
机の広い喫茶店まで辿り着き、そこで金具にパラコードを編んでみる。
あまりうまくいかない。買った紐が太すぎて、えらくゴツくなってしまった。
これはこれでかわいいかもしれない。いや、そんなにかわいくないかもしれない。
帰ったら端を切って炙って仕上げてみよう。
できあがったブレスレットがかわいいかどうかは置いておいて、紐を編んでいく作業自体はとても楽しかったので満足した。
もう一つかった細い方のパラコードもまた試してみよう。
店を出て四条河原町の方まで出る。
鴨川に近づくと、街の中を当然のようにトンビが駆け抜けていく。
カメラを構えてそれを追いかけるようにシャッターを切る。
飛んでいる鳥の形が好きで、カメラを持っているときに鳥が飛んでいると毎回撮ってしまう。
うまく撮れるときとそうでないときの落差が激しいけれど、翼を広げた様が上手く撮れた時の満足感は他に替えられない。
鳥は動物の中でもトップクラスに完璧な形に辿り着いた動物だと思う。
もちろんほかの動物も最適な形になっていってるのだろうけれど、それにしたって鳥ってかっこよすぎやしないか。
世の中にはキリンみたいな変な動物(格別に変だ。悪ふざけみたいなデザインだと思う)もいる中で、なんて優雅な存在だろうか。
好きな形で言うならば、人の形も私は好きだ。
人は変な運動をたくさんしてきたので、変な骨格に変な筋肉がついて、変な動きがたくさん出来るように仕上がっている。
中でも“手”は極上のかっこよさだと思う。
人の手の形を観るのが好きだし、なんなら自分の手も好きだ。
明日ノートを買って、久しぶりに手のデッサンをしようかしら。
随分とデッサンをしていないけれど、また習慣づけてみるのもいいかもしれない。
彫刻をするにあたって、刃物を研いだり、木材を削ったりする作業はすこしだけ瞑想のような効果があると思っているのだけれど、デッサンの集中あるのみの姿勢にもきっと同じ効果がある。
何も出来なくなって、一度荷物をすべて下ろすことにしたのだから、私はいまきっと心の隅に詰まった汚れを洗い流す作業をなにか積極的にしていった方がいい気がする。
そうしましょう。手のデッサンを習慣づけよう。
読書も日記も電子機器をつかった体験ばかりになっていたので、ここらでフィジカル頼りな活動としてデッサンをしてみよう。
きっとびっくりするくらい下手になっていると思う。
でも今の私は合評相手もいないし、指導者もいない。
ただ自分の為に自分の形を捉えるトレーニングをしてみたいのだ。
家に帰ったらあっさり麻婆茄子を作る。
茄子が安かったばっかりに、今家には8本くらい茄子がある。
どっさり野菜のご飯は妻がよろこんでくれるのでちょうど良い。
麻婆茄子、麻婆茄子!